Apr 02, 2010

webデザイナーのコンピュータの生活について

webデザイナーのコンピュータへの情熱は、一般には考えられないことでしょう。 webデザイナーは本職がコンピュータ関連なので、幅広い知識が必要です。時代の最先端に注目していく必要があるのです。他人との差別化も必要になるです。適合条件になるように毎日の研鑽をしていきましょう。
Web制作も目的に応じて違うと思います。個人ブログや趣味を扱うほとんどが趣味の世界で終わるようなものだと、わざわざ依頼して作ってもらうほどではないと考えるからです。ホームページ作成ソフトもフリーソフトは十分にことがあるので大丈夫だと思います。問題は、インターネットショッピングモールなどの商業目的の場合です。この場合、同じWeb制作といっても万人受けしているそう作らなければならないからです。
 憮然(ぶぜん)とした表情で会見場に姿を現した菅野は、伯父の巨人・原監督と一緒にやりたかったかと聞かれ、「巨人は自分の中ですごく特別な球団。当然そういう思いもあった。小さい頃はできたらいいな、くらいだったけど、大学に入って実績を残して、夢が現実となる日を思い描いていた。うーん、何と言っていいか分からない……」と言葉を詰まらせた。
 その一方で、「原監督の甥」という血縁関係に他球団が続々と逃げ出す中、「一番いい投手に行こうと思っていた」(山田GM)と敢然と指名した日本ハムについて菅野は「くじを引いた、引かないは別として、多くの球団に評価していただいてうれしく思う。ダルビッシュ投手をはじめ、すごくいい投手がいる。まとまりのあるチーム」とも言った。
 入団を拒否し、巨人の再指名を待つ可能性もささやかれるが、「記憶、印象に残るような選手になりたい」と言う菅野は、プロ志向が強いという。「もちろん巨人は一番だけど、巨人以外なら行かないというほどではないと思う」と話す野球部の同僚もいる。
「いろいろ苦しいものを背負ってきたが、目を見張る成長ぶりを見せた」と原監督の甥という重荷に苦しんできたことを明かした東海大の横井監督は、「最終的には本人が決断すること」と宮崎部長とともに口を揃えた。
 今夏、学生時代から親交のあるプロ関係者に電話をした菅野は、巨人入りへの不安を漏らすと同時に、ノビノビ野球ができる球団はどこかと聞いてきたという。1年の浪人や2年の社会人などは時間のムダ、遠回りだと菅野は考えているのだ。
 問題はただひとつ。強行指名に激怒しているという東海大系列校野球部顧問の原貢氏、つまり、菅野の祖父への説得が一番のポイントとなる。

(日刊ゲンダイ2011年10月28日掲載)

「日本ハムが菅野を指名したとき、会場から拍手と歓声が上がった。あれは日ハムの勇気を称え、巨人の横暴を許すまいという気持ちの表れだったと思う」
 ドラフトのテレビ中継を見ていたプロ野球ファンの吉川潮氏(作家)がこう言った。
 巨人は長野、沢村に続いて菅野の一本釣りを狙い、他球団から手を引かせるべく画策してきた。
「でも日ハムに邪魔されて本当によかった。巨人がドラフトを形骸化させていることがファンを減らしているということがこの球団はわかっていない。観客減は統一球で本塁打が少なくなったからではない」(前出の吉川氏)
 巨人元広報部長の若林敏夫氏もこう言う。
「菅野が巨人単独ではなく、重複指名になったことは球界全体、ドラフト制度のためにもよかった。単独ならドラフト制度は有名無実となる。大いに歓迎したいし、日ハムの勇気を大いに称えたい」
 一方、菅野に垂涎(すいぜん)だった日ハム以外の球団の腰抜けぶりは情けない。当初は西武や中日、ソフトバンクなども指名するといわれていた。それが高校生や社会人取りで“逃げた”。
 競合覚悟で藤岡の争奪戦に参戦した楽天・星野監督は、「即戦力で左が少ないから、藤岡と決めていた。当てたかったけど、当たりくじがなかった」と言い、日ハムの菅野指名については「野球界にとってはいいこと。ハムの勇気ある行動を褒めます」とも語った。
 星野監督は昨年、巨人以外の指名ならメジャー行きをチラつかせていた沢村の指名を回避。それでいて沢村を一本釣りした巨人のやり方をオフレコで批判しながら今年もケンカを売らなかった。何が闘将だ。名前が泣く。

(日刊ゲンダイ2011年10月28日掲載)

 このまま巨人が黙っているわけがない、という声がある。当然のことをしただけだが、結果的には原監督と菅野の血縁関係を引き裂いた日本ハムに対し、なんらかの反撃に出るのではないか、という見方だ。
 例えば、長野。日大4年時の06年秋のドラフトで、巨人を“逆指名”していた長野は4巡目指名された日ハムへの入団を拒否した。水面下で調査を続けていた日ハムは「巨人入りと同じくらいプロ志望が強い」と判断。説得に自信を見せていた。しかし、一時は軟化した長野側の態度が次第に硬化。最後まで「後見人」の首を縦に振らせることができなかった。
 2年後のドラフトでも同じく「巨人以外でも入団する」との感触を得ていたロッテが2巡目で指名するも、長野はこれも拒否。日ハムの関係者もロッテの関係者も、「巨人との結びつきが想像以上に強固だった」と口を揃えたものだった。
 古くは江川、桑田、元木、最近では高橋由、長野、沢村と狙った選手は何が何でも獲得してきたのが巨人だ。ましてや、菅野はただの目玉選手ではない。巨人の動きをみなが注視している。

(日刊ゲンダイ2011年10月28日掲載)

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