Apr 24, 2011

地域のwimaxの比較

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 ◇液状化対策でもPT設置へ
 県は15日、東日本大震災で「想定外」の津波により極めて大きな被害が発生したことを受け、専門家と行政関係者でつくる「津波浸水想定検討部会」(仮称)を設置する方針を明らかにした。液状化対策でも庁内に検討プロジェクトチーム(PT)を設置する。
 津波対策を巡っては、県が国の震源モデルに基づいて津波浸水予測図を作り、07年にはハザードマップ作成の手引きを策定。マグニチュード(M)7・9の南関東地震では最大で高さ8メートル弱の津波を想定する。だが、M9の今回の震災で高さ14メートル以上の津波が発生したとされ、相模湾沿岸の13市町が想定の見直しを求めていた。検討部会は今年度内をめどに津波の規模や浸水範囲を再検証する。
 液状化対策検討PTは、県内の被災地でボーリング調査などを実施し、土質・地質の調査や解析も進める。県によると、横浜、川崎、茅ケ崎3市で計72件の住宅の一部損壊などの被害が確認された。県は09年に液状化予測図を作成したが、今回の被災地には予測されていない場所もあった。県と横浜市は同日、液状化対策について、住宅全壊10世帯以上の市町村を対象にする被災者生活再建支援制度の要件緩和などを国に要望した。【木村健二】

4月16日朝刊

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 県は15日、夏の計画停電の回避に向けて取り組む節電対策で、県施設についてはピーク電力の原則30%抑制を目標とする方針を決めた。政府は大口需要家に25%削減を求めるなどの骨格を示しているが、県は県施設の目標について「県自らの率先した取り組み」と説明している。
 県施設の中でも、県民の生命や安全、ライフラインに関係する施設は除いて対象施設を選定する。県全体の節電対策は5月上旬をめどに取りまとめ、首都圏1都3県で共通の仕組みづくりも検討される。節電を推進する県民運動も展開する。
 一方、県は8日時点で、県内の公立学校が被災地から計652人の児童生徒の転入学を受け入れたことを明らかにした。内訳は、小学校443人▽中学校143人▽高校63人▽特別支援学校3人。県が募ったホームステイのボランティアでは、福島県の小学生1人について17日から初の受け入れが決まった。【木村健二】

4月16日朝刊

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 鎌倉市扇ガ谷1の英勝寺の山門が、関東大震災で崩壊して以来、約90年ぶりに復活した。07年に再建に向けた作業が始まり、先月に覆い屋が外され、近くを走るJR横須賀線の電車内からも、その姿が見えるようになった。現在は塀などを整備中で、5月16日には落慶法要が営まれる。【吉野正浩、写真も】
 山門は江戸時代前期の1643(寛永20)年8月16日に、水戸藩主・徳川頼房の長子で讃岐高松藩主になった松平頼重が建立した。禅宗様を基本とし、2階建て二重門。高さ10メートル、間口6・3メートル。軒反りがないのが特徴だ。
 1923年9月1日の大震災で倒壊。2年後に市内の私有地に移築されたが、この場所が宅地開発されることになったため、2001年2月に部材にして英勝寺が買い戻した。03年には、地元の有志らでつくる英勝寺山門復興事業のメンバーの活動によって、部材のまま県重要文化財に指定。県、市の補助などで07年に再建が始まった。
 同事業元事務局長で湘南高で日本史を教えていた内海恒雄さん(73)によると、山門の部材の中から、後水尾上皇宸筆(しんぴつ)(直筆)に基づく「英勝寺」の額(扁額(へんがく))が見つかり、裏に山門建立の翌1644年に刻まれたことを示す「寛永二十一甲申年八月日臨寫之」と記されていた。1685年刊行の「新編鎌倉志」にも同様の記述がある。
 一方で、鎌倉国宝館にも山門の扁額が寄託され、建立直前の1643年4月10日を意味する「寛永廿癸未年四月十日」との裏書がある。内海さんは「国宝館の扁額は後世の複製ではないか」と推測している。

4月16日朝刊

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